荻野吟子「花埋み」考察

荻野吟子 羞恥に苦しむ女性たちを救いたいという決意? 本日出先で、テレビ番組:歴史ヒストリア「女医第1号、荻野吟子」を見ました。
この女性について渡辺淳一が「花埋み(はなうづみ)」という小説を書いていて私は浪人中か医学生の頃に読んでいますが、実はそれほど感動しなかった記憶があります。
あの読書をした時も、本日テレビを観た時もそうでしたが、「夫からうつされた淋病の治療にあたった医師がすべて男性で、男性医師に下半身を晒して診察される屈辱的な体験から、女医となって同じ羞恥に苦しむ女性たちを救いたいという決意により、女医を志した。」というのが、どうもピンと来ません。
外性器というのは男も女もそんなに綺麗ではないです。随分以前ですが産婦人科医から精神科医に転科した男性医師が「毎日毎日女性の陰部ばかり診るのは気が滅入りましたよ。」と聞いて本音と思いました。また女性患者さんにとって医師の診療態度で真面目かそうでないかの空気は読めるものです。そして医師は殆どの人はエッチな気持ちで診てはいないはずです。「淋病」など感染症なら100%そうでしょう。患者さんも医師が男か女かよりベストな診療をしてくれるかを望んでいると思います。だから私は上述「同じ羞恥に苦しむ女性たちを救いたいという決意」というのは一般人向けのイントロに過ぎなかったと思います。荻野吟子は真面目で厳しく自立心のある人だったそうですから、淋病治療はキッカケに過ぎず何か責任のある仕事をしようと医師を志したのだと思います。
まただからこそ再婚した若い夫のキリスト教的理想郷の実現の話を聞いては共鳴し、東京の診療所をたたんで北海道に移住したのだと思いました。
さて私は仕事で小陰唇切除、膣縮小性転換手術などしますが、どう手術すれば見栄えが何とか良くなるか腐心しつつ行っています。