結審を迎えた 【死ぬと言う患者(22)】

続きですが、先日、私とクリニックが被告にされた裁判が結審しました。
7月には決まっていたことです。
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東京地方裁判所
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この2つの言葉は、自称被害者とその出処として、今後とも私の脳裏に残るものです。
思えば、送達された訴状を読んだ時から『●●●さんは記憶力悪過ぎ、そのことで詰問された際は、私はカルテの中身から、よく説明しているのに、それでも自分の間違った記憶を盾に私を非難した挙句、提訴なのか(憫』

裁判とはよくしたもので、同時にやりかえす事が出来ます。これを反訴と言います。
反訴状も提出しました。

さて、裁判の判決とは裁判官によって多少異なりますから、当事者が予想した判決と少し異なる判決が出る場合もあります。しかし私はこの裁判に関しては終始一貫負ける気がしません。尋問の際に裁判長を私は見つめていましたが、裁判長の慈愛に満ちた眼差しを感じ取りました。
絶対に負けはないです。
今は、私にとっては反訴請求が幾らまで認められるかが焦点ですかね。

なお尋問の際に何度も“契約”という言葉で尋問を受け、それは全て遵守していることを強調しましたが、私は彼が、「直ぐ手術してくれないと死ぬ、死ぬ!」と脅迫する中、粉骨砕身で全力を尽くしたことを法律家に理解して貰えるために次のように言いました。「契約の遵守はもちろんですが、“医療行為とは慈しみ”で行うものです。慈恵医大の『慈』です。」(続きは11月か12月)。