日本美容外科学会をひとつに(新富芳尚先生)

 私は形成外科の途中から美容外科を選んだ者ではございません。私は代々開業医の家に生まれましたので、どうしても医師にならないと行けないという立場でした。そして医学部入学以前に美容外科を志しておりました。そして自分なりにその方向を創って今日に至っております。
そういう訳で一定の年齢になった時、5年位前ですが、美容外科について若い人の為に何かしても良いと思い、2つ同名学会をを何とか出来ないかと思って、この事を締めて参りました。
しかし、向こうは梅澤先生の個人的な商標というか資格を持った集まりでありました。そこに赤松、高須という2人の方とトロイカ方式で3人で運営なさっていました。数回お会いした後、新富先生お任せするという時期もあったのですが、どうしても形成外科の専門医がないとその話は受けられないと私どもの学会の幹部が反対なさり、この話が無くなってしまいました。
しかし、どうしても同じ名前の学会が2つあるのは国民にとって非常に不幸な事であると単純な事から諦めずにで話しを続けて参りましたが、梅澤先生個人は、どうしても一緒にはなれない。つい最近の事でありますが、そのような意見でございます。
そうであれば残る道はこのまま行くのか、我々の方が名前を変えるのか。この名前を変えるのは数十年前に出た事ですが、どっちが勝った負けたという事で当時としては意見としては受け入れられるものではありませんでした。
しかし今、高須先生が非常に理解を示され、例え向こうと派を割る様な事があっても自分は非常に賛同するという様な意見を得ました事は嬉しい事であります。
私は個人的には梅澤先生、赤松先生、高須先生には誠意の上の誠意を尽くして参りました。で、ここに至っては、それはそれで梅澤先生の個人のものですから仕方ない事だと思います。
しかしながらこの2つの名前をいつまでも残して良いかというと得策ではないと思います。先程出ましたが美容外科学会を美容形成外科学会と変えたところで一般大衆は、美容外科という感じでは、なかなか納得する名前では無いと思っております。整容外科あたりが私は良いかと思っています。
いずれにせよ、このまま、ある意味では三つの同名学会になるかも知れませんが、このまま経過を観て行くのか、あるいは名前を変えるのか、こういう問題は我々、70になった人間には、もう、その責務は果たしたと思っておりますので、私は60代までの若い方が今後の日本の美容外科の将来を思って最も相応しい道を創って行かれるのが宜しいかと思っております。とにかく自分としては、このような公の場で2つの学会をどうするのか、堂々と話し合う機会が出来た事を何よりも自分としては良かったと思っております。どうか国民の為にも本来の美容外科が医療の一分野として良い方向に向うよう若い人にバトンタッチして自分の努めは終わりたいと思っております。