聖マリの(元)形成外科教授に論文の校正をして頂いた

折れ耳の論文で(元)聖マリアンナ医大形成外科 荻野洋一教授から論文の校正をして頂いた   私が茅ヶ崎徳洲会整形外科在職中、乳児の折れ耳(変型耳)の矯正に整形外科で使っていた熱可塑性材料を使って治した事があります。折れ耳とは耳の上半分が頭を下げるような格好をしており、新生児や乳児期は矯正器具をハメて治療するのが論文にあるのですが、ゼムクリップを曲げたようなものを使うので皮膚の糜爛(褥瘡)を作ったり外れやすかったりします。私はその患者を見た際、整形外科で使う熱可塑性スプリントをヒモ状にして矯正器具にするのがパッと浮かびました。それで形成外科の森川先生にも了承を得た上で治療しました。これを平成6年の形成外科関東地方会で発表したところ、克誠堂出版から月刊誌「形成外科」の紙面に載せたいのでと論文の提出依頼が来ました。さて、どうしよう?耳の再建は久留米大学麻酔科在職中に形成外科の田井良明教授の素晴らしい手術をみせて頂きましたが、田井教授は昔、聖マリアンナ医大で荻野洋一教授の下に居たと聞いておりました。荻野教授のことを調べるとTanzerの元に留学し耳の再建を覚えて来た方で、当時、上白根病院に居らしていると分かりましたので、論文の校正のために訪問させて頂きました。
 荻野先生は、「熱可塑性材料をひも状にして使うとは画期的!感心した。」「君も仲間だ。」と言って下さり論文の下書きの校正をして下さいました。誠にありがたかったです。そしてこれが結果的に後の「お願い」へ繋がっていくのでした。(続く)
【荻野先生は、思い出せば本当に優しく温厚な先生でした。新潟大学耳鼻科の助教授だった時、東洋医大耳鼻科の教授へとの話が来て(東洋医大とは今の聖マリアンナ医大)、新潟大の教授が「教授というものは成れる時に成っておきなさい。と言われ成ったんですよ。そして2年後に形成外科の初代教授になりました。」と言われていました。後々ですが私が「美容外科」をやりたいとお話しますと案の定、美容外科そのものに強く反対され、何故か荻野先生のご自宅に呼び出され説教を受ける羽目になりました。ですがこれも人徳がなせるもので、私のように聖マリと何の関係もない医者にご心配とご配慮(また書きます)して下さったことには深く感謝しております。のちに日本形成外科学会雑誌で荻野先生が故人となられたのを知った時、ご冥福をお祈りしたものです。】