2012年1月24日, 2:44 AM
ナイトクラブというのに私は日頃行かないので、受付を済ませると席の番号札を渡され、黒服のお兄さんに案内され「こちらのお席です。」と言われて着席しましたが、最初は妙に落ち着きませんでした。
ですが、高須先生が壇上でスピーチしますと、ここは高須ワールドなんだと納得して楽しく観覧させて頂きました。
高須先生が主催の日本美容外科学会や世界美容外科学会はいつも派手な演出があり、特に懇親会でのパフォーマンスにはTV局が取材に訪れ、本当にテレビで一部が放映もされたこともありました。この派手さだけを観ますと医師の中には「私はついて行けないよ。」と思われる人もいると思いますが、私は高須先生の同級生で親友の徳永先生から高須先生の地道な粉骨努力のお話も聞かされており、この努力と結果を出して来た高須先生の歩みを知れば、多くの医師は「私は(力不足で天才には)ついて行けないよ。」との感想を持たれる筈です。
高須先生が美容外科を日の当たるところに出した。2つの美容外科学会の両方の医師たちに多大な技術的な向上をもたらせた。そして今は2つの学会の統合に向けて熱心に動いておられる。会場を見れば、美容外科学会大森系(JSAPS)の医師も、また大学病院医学部、形成外科の元教授たちも来られており、このような先生方は高須先生の真面目な功績をキチンと理解されているのだと思います。
2012年1月23日, 1:08 AM

1月22日、六本木の東京ミッドタウンでパーティーがありました。現在の美容外科の姿を創られた“先駆者”たる高須克弥先生も67歳となられましたが、まだまだお元気という感じで息子の高須幹弥先生にバトンタッチは、もう少し先と感じさせました。
パーティーは郷ひろみさんの祝辞、野村夫妻や高須先生のトーク、モノマネ名人や歌手の歌で22時まで続きました。私は写真のように壇上の席で舞台を観ながら、高須先生と出会った頃や、それ以後の事を回想したものです。
私の右横では録画係の人が真剣に大型カメラを操作しており、高須家の記録として後世に残るものと思いました。
私の2つ左に江崎哲夫先生が居られ、私は高須先生の事をお尋ねしますと、何と「高須先生は僕(江崎先生)が昭和45年に美容外科を開業したら、すぐ訪ねに来て、それが度々ありましたよ。」と言われ、昭和44年に医学部ご卒業の高須先生は常勤医として整形外科を専攻しながら、研修医の時にもう美容外科クリニックに出入りしてたのだと知ると、『私(木村)と同じだ!』と思い、またまた高須先生に親近感が湧きました。
帰りに鶴切先生がご夫婦で来られていたのでご挨拶しましたが、初めてお目にかかる奥様が、背丈がスラッとして且つ、かなりの美貌の持ち主で、自然に「お綺麗な奥様にお会い出来て光栄です。」との言葉が出ました。
最後は大勢の人が高須先生と2ショットで撮影をし、私は握手までして会場を後にしました。
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2012年1月21日, 11:11 PM
本日は美容外科学会学術集会がありましたが、丁度1年前は満席で立ち見が出るほど盛況だったのに、今回は空席も目立ちました。
抄録集を読めば演題が注入系、レーザー系、糸のリフトで4分の3位を占めたので、純然たる外科医(Messerseiten)にとって惹かれる程に映らなかったのだと思います。
むしろ美容皮膚科学会で、同じ演題で参加を呼びかければ、もっと出席者が多かった筈と思います。
レーザー系とは「美肌治療」なので、女性医師ばかりが発表していましたが、私は自分の守備範囲ではないなと思いつつ聞いていました。
しかし私自身は実は20才の頃から、自分の肌を傷めないように気を使っています。それは紫外線を浴びないこと、毎日アスコルビン酸(ビタミンC)の粉を、約2g摂取してきたことです(もう31年間もです)。それにこの7年は毎週プラセンタ注射を打っているからか、51歳の男の肌としては抜群に良いと患者さんから褒めてもらっています。
尤も私の肌質は子供の頃から綺麗な方で、小学校1,2年の頃は近所のオバサンたちから「うん、まあ!色白で綺麗な肌ね。それにパッチリ二重。女の子だったら良かったのにねぇ。」などと、よく言われていました。
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2012年1月18日, 12:13 AM
「安井夏生」・・・この先生のお名前を知ったのは平成2年です。私が日本創外固定研究会・骨延長ワークショップ(当時の名称)に入会・参加・発表した年です。学会参加中に、安井先生の最先端を行っている発言を見聞きしましたから、まだ若いけど学会をリードしている先生だと直ぐ分かりました。同年秋に久留米大学整形外科の医局が安井先生が翻訳された「骨延長―その方法と適用」の医学書を購入しましたので、一通り読んで、骨延長への憧憬が更に高まりました。それは私が久留米大学整形外科で初の骨延長の患者さんの主治医になった事があった思い出に積み重なったものでした。
当時、安井先生は防衛大病院整形外科に所属されていました。それで翌年春に私が湘南鎌倉総合病院の整形外科に移籍した際、『関東での骨延長は安井先生の防衛医大か黒川先生(教授)の東京大学の2つが、まともに取り組んでいる施設だから、どっちかに勉強(見学)に行きたい。』と思いました。結局後年にはなりましたが東京大学病院に6~7回、外来および手術の見学をさせて頂きました。なお黒川教授はスンナリ見学をOKして下さいました。大学病院とは教育機関ですから当たり前とも言えますが。
そういうことで安井先生と私の接点は殆どありません。たった1回だけ、学会の休憩時間の際に、アルビジアネイルの事など少々ご質問し、お答えして頂いただけです。
じゃあなぜブログに接点の殆どない先生の事を書かせて頂いているのか?と言えば、安井先生ご自身が書かれたと思えるHP「若者の夢」を見つけて「面白い!」と思ったからです。そのHPに添付の写真がありますが、先生は昔、剣道部のキャプテンだったからでしょうが、刀を振り上げた姿を載せるなど意外に『型破りの先生だったのか。』と思ってしまいました。
今は徳島大学整形外科の教授に就任されておられますが、上記HPの中に「私自身は小児整形外科、特に骨延長術の分野で世界を極めているつもりですが、」とありますように骨延長の第一人者として今後も仰ぎ見るつもりです。
2012年1月15日, 11:54 PM
昨日まで開催された日本創外固定・骨延長学会で、安井夏生先生の教育講演がありましたが、ここでも興味深い指摘をされています。
「Distraction Osteogenesisにおいては骨延長ばかりが注目されるが、同時に破骨細胞の機能が著しく亢進していると思われる。(中略)すなわち仮骨延長は著しい速度でリモデリングを受けていると考えられる・・・」
確かにそう思わせるものがあります。骨折の治癒で例えば長管骨が「くの字」に変形治癒しても2年くらいするうちに真っ直ぐな骨に変わって行きます。これは破骨細胞と骨芽細胞の両方の機能が旺盛に働いているからです。
私が嘗てこの日本創外固定・骨延長学会(当時は研究会)で発表した延長中のサーモグラフィーでの下肢温度計測でも、延長開始しばらくは延長部すなわち仮骨形成部の温度が上がっていたものでした。細胞の機能亢進の表れでしょう。
つまり脚延長とはチューンガムでも伸ばすように組織が単純に伸ばされるのでなく破壊と増殖を盛んに行いつつ増殖が勝り、骨においては全く上下の骨と同等の太さ骨を作ることが出来、筋肉・神経においても3割くらいは組織増殖を観るというものです(3年前の学会では下腿のヒラメ筋においては5割の増殖を観たとの報告もあります)。ですから2年前の学会の会長が学会誌の冒頭で「イリザロフ法は20世紀のノーベル賞・・・」と書かれていたのには、私も同意でした。
ただ美容目的で健常者の脚延長をやって確実な成績を出してくれるところは大阪のスカイ整形外科しかないようです。中国やセルビアなら安いからと渡航するのは冒険過ぎると思います。
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2012年1月13日, 8:19 PM
本日は創外固定・骨延長学会があったのですが、学会誌の表紙がモトローラフォンにようなデザインで、こういうのが流行りかと笑えました。
さて演題ですが、「ラット脂肪由来幹細胞移植による骨延長部骨形成促進法の開発」というのがあり、脂肪由来幹細胞(adipose-derived stem cells)は骨延長部の骨成熟を促進する」との仮説立てて注入した金沢大学整形外科の先生たちがいました。
結果は有意に組織学的にも軟骨性骨化の促進を認め、骨成熟促進に関与していることが示唆されたとありました。
この件は大変興味深くあります。実は骨延長部の仮骨部に幹細胞を注入しようという臨床医療は十数年前から行われているのですが、切った骨の上下から骨髄液が来るのだから、もうわざわざ腸骨あたりから骨髄性の幹細胞を移植するまででもないという意見と、いや、やはり意義があるという意見はぶつかっていて統一した見解を観ていません。
これが骨髄由来でなく脂肪由来なら、また違うのか??と私には思わせたのでした。
2012年1月9日, 2:22 AM
十数年前、学会の合間でしたが、今は長老となられている先生が立ち話で我々にこう言いました。「私が二重手術となれば全切開しかしないのは、患者には保険も利かない高い金を払わせているのに、埋没法のようなラインが取れるかも知れないような不確実な事は、やりたくないからじゃよ。」・・・その時、私はこう思いました『女の子の感性で思考が出来てない。』『ラインが絶対取れない代償のために、パンパンに腫れて3ヶ月は整形っぽく、そして傷は一生残る。これでは未婚の女性はなかなか受け入れられない。』・・・社会復帰や傷を「ああ大丈夫です。」などとサラリと言ってしまう医師の中にも精緻な良い仕事をする方が居るのは事実ですが、実は美容外科が向いていないんだと思います。医師の美容外科への向き不向きとは究極のところ『女の思考で考えられるか。』ということでないかと思います。
私が昔、漫画を描いていた時、綺麗な女の子を描く際は、頭の中ではその娘に成りきるくらいの感情移入しないとオーラを放つような絵は描けませんでした。絵書きの職種の人が同じような言葉を綴っているのを読んだ事もあり大半の人は同じと思います。そして美容外科もやはり同じなんだと思います。
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2012年1月7日, 10:23 AM
昨日のカウンセリングで、「またか!」と思いました。
当院に来る前に某美容外科の先生にカウンセリングを受け、「埋没法は絶対にラインが取れるから全切開にしましょう。」と言われたというのです。
この人の場合、つけ睫毛を付ければ二重のラインが出来、二重専用のブジー(針金)で瞼を触れれば簡単に二重になり、ブジーを離してもラインが崩れないので、私から言わせれば埋没法の適応と言えます。
私は今まで20年余り埋没法のラインが取れていないとお聞きした患者さんを複数知っていますから、つけ睫毛を付ければ二重が出来る様な、あとちょっとのキッカケで二重が出来そうな人に全切開を行うのは如何なものか?と思います。
全切開は腫れが長引く、しばらく整形っぽい、傷は一生残る。その辺をよく理解した上で、全切開しか目的を達成しそうにない場合に行うものと思います。
また医師が全切開の傷に対して「後々は殆ど目立たないから大丈夫。」という場合がありますが、それを患者さんに『消えたも同然になる。』とは思わない様にと私はいつも強調しています。
全切開の傷も確かに後々は目立たなくなる。しかし、スッピンで至近距離から見れば白っぽい傷として何年経っても分かります。独身の場合これはイタイものです。私はそういう思考をします。だから結婚後に彼氏に寝顔を覗かれる等した時にバレると思った方がよい。とも話しています。だから手術を行う際、埋没法>小切開(部分切開)>全切開の順で考え、埋没法で済みそうなら埋没法を勧め、確かに数年以上後のラインの保証が出来ないとしても美容外科手術とは選択に迷うような場合はダメージの少ない手術を選ぶべきと話しています。昨日もそう言いました。
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2012年1月2日, 11:53 PM
高須先生とは色んな意味で凄い先生だと思っていますが、向かって左のお写真は43才位の頃、右は63才位の頃ですが、どっちが若いか分かりません。
43才の頃は昭和63年で私が初めてお会いした時でしたが、この写真以上に彩だった個性を放っておられ、パンチパーマに、ナスぶち眼鏡。レンズの上の方に薄く色が付いてサングラス風のものを掛けておられ、そして薄く鼻髭、もみあげも長めという感じで、一目見て並みの医者じゃないと分かるものでした。そして美容外科学会でのご発表も質疑応答もスラスラをよどみなく斬新な手術法やその解説をはなされ、そしてそれが私たちにとって聞いて分かり易く面白く、高須ワールドに惹きつけられているという感じでした。私は十仁系(JSAS)、大森系(JSAPS)の両方の学会に出ていましたが、正直言って楽しいのは十仁系で、その源泉は高須先生にあったと感じています。
当時から雑誌での宣伝1つとっても、高須先生は診察中の風景の写真で、手術用の帽子でなくタオルで頭を包んで後ろで結んだ写真を載せたものがありました。あれは自然体の表れかパフォーマンスか分かりませんが、自由人で且つ芸術家のイメージを放ってました。しかし並みの医者が頭にタオルを巻いても、患者さんには工事現場の作業の人の真似をした奇異な感じにしか映らないはずですが、高須先生なら決まっていたのでした。
平成8,9年頃でしたか、美容外科学会で高須先生のダブル豊胸のご発表に、疑問を持ってフロアーから質問した先生がいましたが、高須先生のお答えの直後、「高須先生が言われるのですから納得します。」と言われたのには皆が笑いました。梅澤先生、稲葉先生に並んで学会の顔として高須先生は突出していたのでした。
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2011年12月28日, 2:21 AM
私が高須先生に初めてお会いしてご挨拶出来たのが昭和63年5月でしたから来年で24年前の事となります。それ以前から雑誌・テレビ・書籍でも注目していましたから四半世紀以上、私は高須先生を仰ぎ見ています。
“クイック整形”、“プチ整形”なる造語は高須先生のご発案で、テレビ・雑誌などを通じて美容外科を国民に身近にしました。 また全国チェーン展開も高須先生が先駆けで、高須先生の影響はあまりに大きく、史上最大の美容外科医と言って過言でありません。
高須先生のご発言が十数年前にインタビューか何かで書かれていたのですが、「日本の美容外科医の半数は高須クリニックに何らかの形で関わっているんですよ。」とは正しかった気がします。以前は昭和大学形成外科の医局員の多くが非常勤の形で高須クリニックにバイトに来ていました。私が平成の初め頃に度々通っていました徳永美容形成外科で、昭和大学形成外科の同門会誌を昭和50年頃~平成2年分まで全部読みましたが、50年代の初めの頃は同門会の記念撮影に高須先生も写っています。徳永院長から「この高須クリニックの症例写真は私が執刀した人ですよ。」などと聞いた事もありますし、徳永先生は高須先生と昭和の同級生で「た」と「と」の席次の関係で一緒に実習等された親友の間柄、高須先生の事はよく聞かされました。
また徳永先生の前に私がお世話になった長谷川先生も高須クリニックにご勤務されてからのご開業だったので、その先生方から指導を受けました私も「高須クリニックに何らかの形で関わっている」1人と見なせると思います。
私が美容外科を学び始めた頃は今以上に美容外科医は「高須!」と聞いただけで羨望と目の眩む思い、中には嫉妬等と、様様な気持を持って皆が突出した存在と認めていました。会ってお話できれば、その不思議なオーラに魅了されますから、その美容外科医は、どちらかと問われれば、親「高須」の立場になっているものです。
その高須先生と私は今では学会で何度もご挨拶やお話できるようになり、この度、パーティーの招待状も送って頂けるようになったのを感慨深く、また有り難く思います。
“天才”高須克弥先生の記念パーティーが楽しみです。
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2011年12月25日, 11:33 PM
高須克弥先生のパーティーご招待の封書が届きました。宴は来年1月です。もちろん私は出席します。
封書には昨年の大震災後に被災地に入り「不眠不休で働きましたが、その中で人の役に立つ喜びと 医局に入ったばかりの若き日の情熱が身体を突き動かしていました。」と書かれてありますが、若き日の高須先生は日本鋼管病院で整形外科医として働かれていたと以前私は聞いています。同じく昭和大卒業の後輩の先生で日本鋼管病院勤務歴のある先生から以前お聞きしたお話ですが、「高須先生は日本鋼管病院時代、真面目で良い先生と評判は上々だったそうだよ。」とのことで、美容以外の一般医療をないがしろにしない、ポリシーは一貫しているのだな。と思いました。
封書の書面に「仏教を学び~僧侶の資格をとり」とあったのには一瞬驚きましたが、思えば9月の美容外科学会で蘇春堂形成外科の新富先生が「昨夜、高須先生と2つの学会の統合で話しましたが、(中略) 高須先生はこれからは『坊主』として生きると言われていましたよ。」と私に話して下さった時の疑問が解けました。
下に貼りました秋山真之中将も晩年は仏教を信仰するようになり、修羅場をくぐって来た人たちの中には宗教に目覚めるのかなと思います。
私なども患者さんに「医療行為とは先のハッキリしないものだから、ギリギリまでやって最後は神頼み、宗教に行き着くものですよ。」などと言ったりしますが、私はまだ修業が足りないせいか信仰までは至っていません。(これは余談です:続く。) 
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2011年12月22日, 10:42 PM
この方の場合、外人風の意向が強いのはよく分かりましたし、当院のモニター写真、ブラジル美人の鼻になりたい に憧れるとのことでしたので、鼻をハッキリ変えてみました。術後写真は13日後ですから鼻根部に若干腫れが残っていますが、ご希望に則せたそうです。
普通は外人鼻というとシリコンプロテーゼ+耳介軟骨か、シリコンプロテーゼ+鼻中隔延長というところですが、この方は鼻筋の中央が中高いのでヤスリで少々削っております。
外人鼻とは意外に鼻のトップの位置が高く、鼻柱が出ています。ですから鼻唇角が100度位はあって、鼻先が上を向いているのですが、鼻が高いから、日本人の鼻の鼻が上を向いているというのと趣きが異なり美しいのです。
今は亡き銀座美容外科(銀座整形)院長の森川昭彦先生など好んで、このような鼻を作っておられました。そして森川先生はプロテーゼのL字の脚の端に台のようなものを付け、森川式台付きプロテーゼなるものをご発表もされていましたが、銀座のホステスさんに好まれそうなド派手な鼻も作れる技術を持っておられ、軟部組織の伸びが悪ければプロテーゼを厚いものに定期的に入れ替えることで高い鼻を実現するという事もされていました。これらをして『鼻は育てるもの。』とも言われ、数々の名言を残された歴史に名を馳せた先生でした。
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2011年12月21日, 1:46 AM
顎シリコンプロテーゼ術後2週間、口腔内抜糸で来院されたモニターさんですが、実は手術中の鏡で最初の確認時にはもっと変化の控えめなプロテーゼを入れていました。
しかし『もっと出したいです。』とのご希望をされ、新しいシリコンプロテーゼを削り、入れましたところ気に入って下さり、それで創を閉じました。
この方の術前カウンセリングの際に外人風の意向があるのは重々お聞きしていましたが、私の経験からして、ある程度のご年齢の方の場合、そうは言っても激変は望まれなかったりして、術中チェックを怠ると術後に、「もっと自然に・・・。」との話になって低いプロテーゼに入れ替えと言う事はありますので、まずは無難な変化のプロテーゼを入れてみたのですが、この方の場合は違ったのでした。
美容外科とは患者さんの願望を的確に掴むのが難しいものです。外科手術としては悪くなくても希望と形が違えば「失敗」等と言われもします。カウンセリングの際は精神科医のように相手の心を洞察し、手術となれば、こちらの感性を高めると言いますかと煌めかせるものと思いますが、そこに美容外科の醍醐味があるのだと思います。
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2011年12月19日, 2:07 AM
一昨日、検診に来られた患者さんも、かなり喜んで下さったので、また書きますが、鼻尖縮小で軟骨を縫い寄せられるのは鼻尖部だけですから、その上の膨らみは改善しないというのは、やはり誤りで、積極的に皮下脂肪や外側鼻軟骨を削れば細くなります。このモニターの人の場合は鼻骨も少し削っています。術後3カ月以上経っても、後戻りも大して起きず、良好な結果を得ています。
よく後戻りが激しいというのはロクに皮下組織切除をせずに、術直後のギブスで思いっきり締め付け鼻腔内に軟部組織をせり出して、一時的に細く見せているような事かと思います。そのうち鼻腔内にセリ出た軟部組織が元の位置に復すると“後戻り”という面が多いのでは?と思っています。
ですから患者さんから聞く、インターネット上に流布されている“鼻尖縮小術後で一番細いのは、手術直後に付けたギブスを5~7日して外した直後。というのは何か手術操作自体に足りない面があったと解釈しています。
左のモニターさんは術後3ヶ月+12日ですが、この大きい画面はこちら≫Dr.木村の鼻尖縮小(症例写真)
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2011年12月17日, 7:50 PM
バッカルファットを切除したあと、捨ててしまうのも惜しいですから、脂肪注入の材料として使う事があります。
美容外科学会で発表としてあるのは神奈川クリニックの10年くらい前のものだけですが、現在は全国各地で行われているようです。神奈川クリニック発表内容は要は「有用だった。」ということでしたが、通常の皮下脂肪を材料とした脂肪注入との定着率の差や、口の中から取る以上、感染のリスクや対策という話は聞けませんでした。しかしこれは症例数をかなり積み上げないと皆の前では言い難いものと思います。
私個人の感想ですが、通常の皮下脂肪を材料とした脂肪注入との定着率の差はあり少し低くく、それは血流再開というより含有コラーゲンの量が少ない為。感染のリスクは顔面注入に関してはゼロ。感染対策は術前に十分口腔内のうがいをさせたなら、摘出脂肪は繊維を切って注射器に詰め込むだけで抗生剤入り生理食塩水で洗わない方が定着率が良い。その理由は生食と言えど十分洗ってしまうのは脂肪を挫滅させる。また何かの因子(幹細胞とか)が抜けるからと思う。・・・と考えております。
先日のコンデンスリッチファット(CRF)講習会では脂肪を専用器具で細かく砕いて30G針でも注入できますとの話も聞け、フィラーとして積極的に使用する意義への賛同はありますが、余りに細かく裁断することへの脂肪のダメージ等も気になりました。CRF講習で聞いた生着より壊死後の再生が多い話や、バッカルファットの注入も含め、脂肪注入外科は、まだ解明出来てない部分が多いものです。

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2011年12月15日, 4:38 PM
左記の画像は3年ほど前に私が描いた絵ですが、今、TV局から取材を受けている関係で近日中に、この絵が放映される予定です。
この時のナレーションで「バッカルファット切除で頬のタルミが取れる。」と言っていいですか?との質問を受けていました。
これは微妙な問題で、確かにバッカルファットで検索して「頬のタルミが取れる。」と説明してあるサイトがあります。しかしバッカルファットは下はせいぜい奥歯の横までで、一般にブルドッグ顔なんていう頬のタルミの最下部はバッカルファットではありません。
ただ経験的にバッカルファット切除だけでも、ブルドック顔の頬の肉の下垂がある程度改善したように見えます。そしてこれは私の憶測ですが、バッカルファットを取ったところが空洞になるわけには行きませんので、空洞が潰れる時側面だけでなく上下にも潰れるので引き上がる、もしくは外科手術を行う以上は傷が拘縮を起こしてタルミが引き上がるというものと考えます。
ただしそれを過大に期待させて、本当はファイスリフトやファイスラインの脂肪吸引の適応のある人にバッカルファット切除だけを行うと「口角下のタルミが十分取れていません。」とのクレームも出ることと言えます。
ですから「タルミが改善しますか?」と問われれば「程々です。むしろ奥歯の横で頬が膨らんでいるような人の顔をホッソリさせる手術です。」と答えるのが、より正しいと思います。
2011年12月12日, 11:52 PM
こうやってモニターさんの画像を並べると良い感じですが、実は目立つ傷が4か所残りますし、鎖骨だけを縮めて胸郭の形状を理想的にするのは無理で猫背気味の感じになります。
写真のように意識して胸を張れば格好は良いのですが、力を抜いて自然体を取りますと、やはり猫背気味で、これはなかなか治らない様です。
以上、傷と猫背気味でデメリットもあるわけですから、女性は受ける適応は無いと考えております。肩幅が少々広くとも女性は女性、反って肩パッドの入った服を着る機会もあるくらいですから、あまり肩幅を気にする必要は無いと思います。
従って今は性同一性障害のMTF(男→女)の方に限って相談は受けています。尤も相談を受けても気軽に手術はしないように適応をよくよく話し合って決めております。
なおHPのこの頁の下には関連サイト「女装子&MTF~女の子になろうブログ」を貼らせてもらいましたが、実体験がよく書かれ、なかなか興味深くあります。
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2011年12月11日, 11:54 PM
1.jpg)
鎖骨を短縮し実際にHerbert Screwで骨接合術をやったレントゲン像です。骨の短縮は片側2.5~2.8㎜でやっております。
手術のツボは、Screwの部分は髄内の入れたままでは、海綿骨なので固定性が弱いので必ず骨皮質に噛ませることです。これで強固な固定性が得られます。
この骨皮質にScrew部分を噛み込ませるように入れるのは、最初に電動でガイドワイヤーを骨に通し骨皮質~髄腔~骨皮質と通し、骨皮質から出たガイドワイヤーを皮下に指で触れる時に良い位置に入ったと分かったら、そのガイドワイヤーにHerbert Screwを通します。ガイドワイヤーの入り様の出来・不出来は正面像より側面像で前過ぎるか否かに私の場合は掛っています。
ガイドワイヤーさえピタッと決まれば後は楽勝なのですが、これはHerbert Screwが実は中空なのでガイドワイヤーを通して、狙った位置に通って行くからです。ネジの先端がセルフタッピングが出来るように加工してあることも、このScrewが良く出来ている事と思います。
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2011年12月10日, 11:58 PM

米国Zimmer社からHerbert Cannulated Bone Screwが製造・販売されていますが、これは当時最長9cmのものまでありました。
湘南鎌倉総合病院の整形外科部長が、これを鎖骨骨折の手術に使ってみようと言われたのですが、私は略称Herbert Screwは手首の小さな骨の舟状骨での適応ばかりが念頭にありましたから、意外でした。
しかしチタン性でステンレスより強固であると伴に骨親和性が高く、両端のネジ切りは山の形状を違えて捻じ込めば捻じ込むほど骨接合部に圧迫力が加わるという優れモノで、これを単なるキルシュナーワイヤーの様に髄腔に通すのでなく、骨が軽くS字状にカーブしているのを鑑み、両端のネジ部が骨皮質に噛み込む様に入れるというのは、かなりの強度が得られると納得しました。
それで湘南鎌倉総合病院整形外科ではHerbert Screwでの鎖骨骨接合術の症例を積み、神奈川県整形外科医会で学会発表しました。ここで私の描いた手術術式のシェーマ(図)もスライドで出ています。
そういうことでしたから、いつかは美容外科の臨床に役立てと思ったのでした。
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2011年12月8日, 11:53 PM
鎖骨骨折の手術は骨の外側からスクリュー(螺子)を用い金属のプレートで留める方法と、鎖骨は「ちくわ」みたいなもので中に穴が通っていて柔らかい海綿骨が詰まってますから、ここには、まあ何とかに釘が通せます。まあ何とかと書くのは、鎖骨が軽くS字状になって真っすぐではないからです。
私はプレートで留めるより髄内釘を使う方を好んでいましたが、それは骨折部の骨膜を剥ぐことなく手術が出来るからです。鎖骨骨折は手術せずともに鎖骨バンドで固定しているうちに高齢者でもない限り骨癒合を得るものですが、プレートを用いる際、むやみに骨膜を剥がし過ぎると骨癒合が遷延したり、癒合せずに偽関節を呈したりする事があります。また髄内釘の方が傷が小さくて済む事も私を髄内釘を好んだ要因です。
写真は内側から釘を刺していますが、私は外側端からキルシュナー鋼線と呼ばれる釘を打っていました。ただし写真の様に1本では本当は心もとないのです。というのは鎖骨は上肢が水平以上に挙げると軸方向に回転(これを回旋と言います)してしまうので骨折部の安静固定が得難いのです。そのため写真のような固定では保存療法(非手術的治療)に準じて三角布で前腕を頸から吊り下げる様な安静をしばらく取らざるを得ません。
それで私はキルシュナー鋼線を複数、髄内にギチギチに叩きこむやり方で回旋転位を防ぐようにしていましたが、湘南鎌倉総合病院整形外科勤務時代に、整形外科部長が、「もっと良い髄内釘がある。」と言って革新的な方法を我々に指導されたのでした(続く)。

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2011年12月7日, 11:39 PM
つい先日、テレビ制作局から取材を受けました。「肩幅を狭くする手術とは?」というテーマです。当院HPを見て来られたのですが、私は「出来なくはないのですが、色々難しい面があります。」と意味深に答えました。
写真の様に鎖骨を折ってしまうと、骨が短縮し、患側の肩幅は狭くなります。こういう患者さんは整形外科外来をやっていると1年通して何人か見かけることであり珍しくありません。そして手術をせずに保存的に治療することも多いのですがX-P(レントゲン)像のように短縮転位したまま骨癒合してしまうこともあります。すると肩幅が狭いままとなるのです。しかし痛みも機能障害も残さず(信原克哉先生は同意されないでしょうが)、普通の整形外科医はこれで良しとしています。
私は20年以上前から、美容外科にパートで通いながら整形外科の常勤医をいしていましたので、「これ(鎖骨短縮術)は美容外科に使える!」と思ったのでした。そして如何に小さな傷で強固な固定を得られる手術が可能か色々考察したものです(続く)。

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2011年12月5日, 1:27 AM
この人の術前写真は垢ぬけない感じです。鼻において鼻柱の部分は横から見た時、付け根の部分が見える方が都会的で知的な感じがします。美人女優と呼ばれる様な人は必ずと言って良いほど鼻柱が出ています。
手術は耳介軟骨を重ねて糸で固定したものを入れるのですが、鼻柱の皮下の浅いところだけではダメで、鼻中隔軟骨と鼻翼軟骨内側脚の間にも入れます。つまり2ヶ所に置くのです。鼻柱の皮下の浅いところだけに置いて済ます様な事では、沈む部分が多いので患者さんが満足しません。採取する耳の場所ですが、このモニターさんくらいでしたら耳穴の中の軟骨で行けます。(後ろを切って採取しなくてもコレで丁度良いです。)
2011年12月4日, 2:38 AM
昨日、ボトックスが効きすぎて眉が下がって睨むようになった人などに、アセチルコリンの注射が、まあまあ効くと書きましたが、この効果は数日で消退してゆきます。しかし、なまじ筋肉が動き出したせいか、1週間くらいしても「何がしか回復の傾向が出てきたようです。」と言われます。それで2回目を打つのですが、また数日経って効果が消退して行くものの、やはりその後も「何か良くなっている。」と言われます。
私の経験的にはボトックスが効きすぎた人は放置で回復するまで待つよりも、アセチルコリンを断続的に打って加療した方が早く回復しているのは間違いない気がします。
美容外科学会でもそんな発表はないし、回復が早くなる事へのハッキリしたエビデンスもないのですが、麻酔科のペインクリニックや整形外科では椎間板ヘルニアへの神経根ブロックと称して麻酔液を神経根に透視下に造影で確認後に注射で打ちますと、麻酔液など3時間以内に効果を無くすものの、患者さんは翌日も翌々日も症状の明らかな改善をされているもので、椎間板ヘルニアへの神経根ブロックは間隔を空けて2、3回やるうちに内服でコントロールできる位の大幅な症状の改善を私も担当医として経験してきましたので、このアセチルコリンの注射も、それと通じるものと考えております。(なお写真は私の右手ですが、毎日の手術の際の消毒液での手洗いで手が荒れ気味です。)
2011年12月3日, 8:26 AM
ボトックスに分解酵素や拮抗薬があるのかですが、ボトックス注射の打ち過ぎで一番困るのは額や眉に打ち過ぎて、眉が下がり、にらむ様な表情になってしまった場合です。
ヒアルロン酸は万一気に入らない場合、ヒアルロン酸分解酵素を注射すれば速やかに分解するから非常に使い易いものですが、実はボトックスに分解酵素は現時点では無い様です。
しかしボトックスの効き過ぎに何か対応は出来ないのか?これを考える時、ボトックスの作用機序を考える必要があります。図のようにボトックスは神経終末から筋肉へアセチルコリンが分泌されるのを抑制するから筋肉の収縮がおきなくなるわけです。
となればアセチルコリン分泌再開が出来なくてもアセチルコリンを注射で補ったらどうか?ということで実は私は3年前からやっているのですが、まあまあ効結果です。
まあまあと言う表現は、すごく良いとかでなく、注射後、「あっ動きだした。」「眉が少し上がる様になった。」との感想を聞くからです。
しかし著効するわけではありません。ですがこれしかないのです(続く)。
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2011年11月28日, 11:37 PM
11月20日のコンデンスリッチの講習で、韓国の李先生から唖然とする話を聞きました。
他人の毛を毛乳頭ごと引き抜き乾燥させ、自分の幹細胞に30分浸してから皮膚に植えれば他人の毛は拒絶反応で抜け落ちるが、毛の情報が幹細胞に伝わり、植えたところに自分の毛が生えてくるというのです。
にわかには信じ難い話です。現在、毛の源は毛乳頭にあるのでなく、もっと浅い層にある峡部毛鞘や膨大部(バルジ)にがあるという説が有力です。そのため植毛手術では引き抜いた毛でなく、毛の周辺組織を付けて植毛します。
ですから引き抜いた毛には峡部毛鞘や膨大部(バルジ)が付いてない以上、この話は無理そうな気がします。ところが韓国の先生は自分の左腕に生えている1本の毛が、それだと言います。
この話には多くの医師が呆気に取られた様子でしたが、フロアーから、他人の毛でも壊死する際にサイトカインを出して、そこから幹細胞が「毛」の情報を得るから他人の毛が脱落した後、自分の毛が生えるんです。とフォローがありました。
私には、それでもこの目でその医療の現場を見て結果を自ら検証を出来ない限り、なかなか信じられません。
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2011年11月26日, 9:33 PM
先程、フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズで浅田真央ちゃんが優勝しました。よろけて手を付いたりしたのは残念でした。
私はフィギュアスケートは女子に限って時々観ています。新体操のようなもので美しいですね。
さて、いつも思うのは、あれじゃ“いつか腰痛になるだろう。”という事です。整形外科的には脊椎は軽度前屈(前かがみ)が一番負担が掛らないもので、お年寄りの歩容はそうですし、若い人でもぎっくり腰になれば、寝た状態でも横向きで軽く前かがみの姿勢を自然に取るものです。
脊椎の中の脊柱管(脊髄を囲んでいる内腔)は上から下まで連続でみる時、軽度前屈が一番広く、後屈で狭くなるのです。写真の浅田真央ちゃんの極度の脊椎の後屈は椎間板や椎間関節にかなりの負担が掛っているはずです。
さてネットで調べてみますと、「浅田真央、安藤美姫、中野友加里は腰痛を訴えている」とあります。プルシェンコもその様です。
『白鳥は優雅に見えても水面下では一生懸命水をかいている』こんなことわざを想います。
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2011年11月24日, 10:16 PM
注射器で脂肪注入した脂肪が生着するのを直接確かめるには、その部位を切開して見るべきでしょうが、たとえ注入後に顔や胸を切る機会があったとしても、注入脂肪が元々あった脂肪の中に混在するため明確に「あった!」と言い難いものです。
しかし脂肪注入の対象部位なのに元々脂肪がないところがあります。それは陰茎です。男のシンボルだから細いのは辛いと、安見先生がご健在だったころのヤスミクリニックでは随分行いましたし、後年勤務していましたコムロ美容外科でも程々やりました。
すると中には脂肪注入をやった後で包茎手術を希望される人もいて、余剰皮膚の切り取りをしますと、普通の包茎手術では見ることのない黄色い脂肪を陰茎皮下の白い組織の中に混じった形で認めたのでした。
注入脂肪が壊死して油滴となって被膜で囲まれシコリ(Cyst)となったものもあっても、顔や体幹にメスを入れた時に見る脂肪と同じものも見つけたのでした。平成7年だったと思います。
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2011年11月22日, 1:22 PM
昭和の時代は、形成外科と無縁な美容外科クリニックの方が多かったもので、当院の先代の安見正志先生も産婦人科出身でした。
先生の書架には大森清一先生の「形成外科学」などの形成外科医の著書もありましたが、「脂肪はDermal Fatでないと生着しない。」などとは昔から思っておられなかったそうで、何と昭和40年代から脂肪注入を行っていたのでした。
脂肪吸引が今の手術スタイルの原型で始まったのが1976年(フィッシャー:昭和51年)または1977年(フルニエ、イルーズ:昭和52年)と言われ、脂肪注入はその後に付随して行われていったのですが、安見先生は彼らより注入に関して先駆者だったのです。
ただ安見先生の脂肪注入は顔面注入として、下腹または大腿内側から脂肪を少量吸引→少量注入→期間を空けて再注入でカサを増すといったもので、具体的なテクニックとしては18ゲージのカテラン針を12または25ccの注射器と連結、エピネフリン入り局所麻酔剤を下腹または大腿内側の注射した部位に刺して注射器の内筒を引きつつ陰圧にして今で言うチューリップシリンジの感覚で吸引、シリンジ内がだいたい一杯になったら、注射器を立てておいて脂肪が分離したら、その脂肪部分だけ同じ注射器・同じ注射針で顔面の凹みに注入するといったものでした。
安見先生がそれを始めた昭和40年代に脂肪吸引や脂肪注入なる言葉は存在せず、安見先生の独自用語で「納脂」と呼んでいました。しかし残念なことに先生はこれを学会発表されませんでした。批判もあろうからそれが嫌だったと言われていました。ちょっと惜しいと事と思いました。(続く)
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2011年11月21日, 1:56 AM
昨日は脂肪注入の手技としてのコンデンスリッチファット(CRF)の講習に出ました。講習に出て感銘と同時に疑念を覚えた事があります。それは脂肪注入の脂肪は実は大半は壊死するのだが、同時に注入された幹細胞によって新しく脂肪が作られるので、脂肪注入の成果が得られているというものです。
この話は幹細胞による効果を強調しています。・・・『そうかも知れない。しかしそれほどでもないかも知れない。』思えば、脂肪を注射で注入しても生着すると認められてきたのが昭和61年頃からです。その3年くらい前から日本においては脂肪吸引が一部の美容外科クリニックにおいてまともに取り組み始めたというところでしたので、捨ててしまう位ならダメもとで入れてみるか?とやる医師が出て、その成果に気付いたと聞いています。
私が学生の頃に読んだ標準形成外科学や形成外科手術書には、脂肪はそれ単独では移植しても無理で、真皮とくっ付けて「Dermal Fat」として移植するなどと書いてありました。しかし後年、形成外科において、その概念が覆されたのです。(続く)